Japan 日の丸、国歌、裁判って必要か?

日の丸に起立、敬礼。
国歌斉唱不要。

ニュースで見て驚いた。こんなことで裁判するものなのか。
東京都で懲戒免職された教職員が出たことで裁判に発展したようだが、今回の裁判では思想、表現の自由への配慮ということらしく、上記二項目は強要されるものではないということだった。

ここは、アメリカでしょうか?

裁判に勝つことがそんな重要でしょうか。裁判したら、間違いなく今回の場合は勝つでしょう。でも、なんか違います。

そんなに日の丸に敬礼が嫌、国歌を歌いたくないなら、日本捨てればいいのではないでしょうか。というと、人によっては憤りを覚えるかもしれませんが、正確なところ、国旗も国歌も、法律では定められていないものを使っているのだから、一応、つっつかれる前にこういったことは書いておくことにします。

さて、日の丸、国歌はいつできたのか?
そもそも日の丸、国歌はどうして必要なのか?

これがことの根本でしょう。

いずれも、19世紀の半ばに生まれたものです。幕末から明治初期です。もう理由はおわかりでしょう。他の国との区別するために日の丸は船につけられていたものを採用しただけです。他の国の存在を否定すればいらないものですから。で、国歌は海外の国々に作れと強要されたためです。すなわち、国旗、国歌というのは、それほど熱く言い合うものではないとも言えるのです。
でも、私は、これぐらいのことで、じゃあ、歌わなくていい、敬礼しなくていいというのは、違うと思っています。

なぜなら、戦争でもこの国旗、国歌が日本人の誇りでもあったとおもっているからです。そして、この国旗、国歌が、日本人が日本人であることのよりどころでもあるからです。国際化だの行ったところで、どこの国にいっても、その国の人々は自分の国のパスポートを持っているし、博物館なりに行けば、国旗の説明もしてくれるものです。国歌だって同じです。現在の日本はたくさんの人々によって作られているものです。日本人のアイデンティティでもあるのです。そういったものをこういった裁判で必要なしとしてしまうことはナンセンスです。

だから、私は思う。
法律ではかるものではない。なんで意固地になる必要があるのか。
そこまで嫌なら日本を捨てればいい。大人なのだから、もう少し考えた行動をしてもらいたい。

こういった裁判に時間が割かれる、そして、テレビで報道される。くだらないことにお金を費やしてほしくないものです。

と旅以外のことも書いてみる。
だって、私は旅人ではないですから。

ただね、自分の国のことを誇りに思わない人らには海外であまり会わなかったもので、とても寂しい気分になってしまっただけ。国歌も、国旗も自分の国を示すものなのだから。

訂正:
国旗、国歌は平成11年8月13日に法律で定められています。
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by smwhr4thtmbng | 2006-09-22 00:37 | Asia
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