手紙

旅の中において私はよく手紙を書くようにしていた。
ドイツ生活、中東からアフリカ縦断で100枚以上の手紙を書いた後、南米では若干枚数は減ったがそれでも続いた。西アフリカでも国によってはかなりの枚数を出した。
このガーナもなかなか手紙を書いた。どういうわけだか、メールとは違うものではないかと思っている。
ガーナの郵便局。ポストカードは高い。ここの警備員には一回怒鳴った。
「あんた、中国人だろ。おれは中国人が好きなんだ。」
「うるさい。だまれ。私は中国人ではない。」
イライラしているときだっただけに、怒鳴ってしまった。
a0040401_14313527.jpg

これは国立劇場。警備員はいたが、機能していなかった。無念。
a0040401_14314324.jpg

[PR]
# by smwhr4thtmbng | 2006-11-29 14:37 | Africa

Togo たまには

トーゴのロメでCFAはかなり余っていたこともありレストランに行くことにしました。
めぼしいのは3軒。決定したお店にはナイジェリアからの女性が仕事をしていた。
おかげで英語で話をすることができたわけですが、この給仕さんがはにかみ屋さんでなかなか好感をもてました。
写真はこのレストランの中にあった像。昔はこんな格好だったんだ、ではなくて、子供の服装をみると未だにこの格好をみたりするのです。
a0040401_1119163.jpg

食べたのはこのブタ肉。ハムとチーズが挟まっていました。うまかったが量が少なくて、違うところでさらに食べた。10ドルくらいだったかな。
a0040401_11192323.jpg

[PR]
# by smwhr4thtmbng | 2006-11-29 11:23 | What I think about

水はきらいだけど

いろいろな国を旅していると面白いものに出会うこともしばしば。
だからといって、今回のが面白いわけではないが、水の名前が世界中面白いのは確か。あとコンドームの名前。

これは、トーゴで見つけた水。ヴォルティック。ヴィルヴィックではないです。でも、ぱくりでもないいんです。なぜなら、Volta川が流れていることからおわかりのとおり、川の名前を取っているから。
a0040401_23455191.jpg

私はむしろこの方が好き。だって、冷凍庫で冷えた、凍ったアイスですから。バニラ味も好きでした。
a0040401_2346184.jpg

蚊取り線香。全然効き目なかった。中国製で、線香立てもリサイクル。ただ、ふちをきちんと磨いていないから、手が切れる。
a0040401_2346226.jpg

[PR]
# by smwhr4thtmbng | 2006-11-28 23:50 | Africa

Togo 砂浜でなにをっ!

トーゴの魅力は何?
考えながら歩いていました。2006FIFAワールドカップでも、出場に特別報酬が出ないということで練習をさぼるトーゴ代表のニュースは印象に残っていました。ダメな国?
行ってみて思いました。銀行付近にはCFAとCedi(ガーナの通貨)の闇両替、ネット屋はウィルスがいるような挙動の悪さ、海岸近くの道は車の通りがないような場所は砂に埋もれている。飲み屋のあたりは、暗い。私のいたモービルのガソリンスタンドの付近には道端では髪の毛を洗う人らも。よくない雰囲気?
でも、それでも、ナイジェリアの人もこの国に仕事をしにきていたりしている。フランス語も大してしゃべれないものの、英語ができるだけにありがたい。よい解釈か?
飯はここ特有というのが印象にない。ただしビールはEKUがよかった。
ただし、人は全般的によかったような印象。
一番印象に残っているのは、砂浜でみな大便、小便をして帰っていくこと。
a0040401_10241689.jpg

道の様子。
a0040401_10243960.jpg

ちょっといい雰囲気のやしの木。
a0040401_10244763.jpg

見えないかもしれませんがしゃがんでいる人います。
a0040401_1025737.jpg

人らは働かずに写真をとっている人をしかることもあります。
[PR]
# by smwhr4thtmbng | 2006-11-28 10:33 | Africa

Togo 少しはリゾート気分

ベナンのコトヌーから抜けてきて思った。ビーチが目の前にある首都とは思えない町。ここは間違いなく町だった。しかし、日本語の書けるというインターネットカフェはウィルスにやられているかのような挙動のPCだらけ。とてもじゃないが、USBのドライブなどさせない。
見所は、特にない。正確にいうと、ない。
食べ物が有名かというと、それもない。
宗教はキリスト教と、ヴードゥーがあるのだとか。北部だとおそらくイスラムなのだろう。
ベナンと変わらない。しかも、海岸沿いが狭いだけあって、いくつかの砂浜しか見所がない。
1時間もいらないくらいのドライブでベナンからガーナへ抜けられてしまうようだ。
しかし、一泊で出るのはくやしい。二泊した。間違いだった。とにかく暇だったのだから。しかも、決して安くなかった。
a0040401_11432118.jpg

宿からみた通りは砂で埋もれていた。翌日の夜にきれいに砂がのぞかれていたが。
a0040401_11433831.jpg

砂浜へ。なかなかよい眺めだ。しかし、このあたりは泳いでいる人はいなかった。パームホテルの方にはいたようだが。
a0040401_11435015.jpg

モニュメントはなかなかで横には博物館があった。博物館は金額に見合うほどの出来栄えではなかったが、ガーナやベナンとほぼ同列のものであることがわかる。そして、ドイツに占領されていたころもしのばせる。
a0040401_11442288.jpg

やはりヤッサに行く。うまい。ドイツビールのEKUがつくからなおいい。
[PR]
# by smwhr4thtmbng | 2006-11-27 11:51 | Africa

Abomey この世界遺産って

ベナンのコトヌーから日帰りでいける世界遺産にアボメーがある。ここは、奴隷貿易の片棒を担いだダボメー王国の都があったところ。ここは、理解不能なチャリティーを入場料に求めてくる場所で、はじめから入場料にして、そこから間引きしてくれれば問題がないものの、チャリティーを払えの一辺倒でもめた。詳しい説明をしてくれないでのチャリティーは私は嫌いなのである。慈善活動といったことをこの上なく拒否する私としては、納得ができる説明があったとしても、払うことはしなかいと思う。しかし、そうしないと入れない。金額が無償に高かった。ナイジェリアの物価からの判断であるため、べらぼうに高い金額に感じた。アボメーまで行くのにも、かなり交通手段が流動的で、流しのタクシーを広うということをコトヌーでしていただけに、インフラも整っていないい場所にある世界遺産で、いかにもうちらは仕事してますよ、という顔をされると腹立たしく感じてしまうのだ。説明はフランス語のみで、金額の説明もフランス語。どう読んでみても、強制するものではないことが書いてあるのだから、なおのこと腹立たしい。
「じゃ、もういい。」
行って外にでるものの、誰も追って出てこない。腹立たしい。
致し方なく、もう一度話しをして、現地の人の金額よりもはるかに高く、ツーリストにのみチャリティーのお金を払うということで、5ドルも要求された。入場料が3ドルというのもどうかと思えたが、ベナンに入ってからとにかくお金のトラブルが続く。よいのは、宿と近所の飯屋くらいだった。
a0040401_23514994.jpg

入り口。
a0040401_23515779.jpg

外から。
内容はフランス語の説明付き。わかることとわからないことの比率がかなり、わからない寄り。
ほとんど見て周るだけの色合いが濃くなってしまった。ただし、私のガイドは英語を少しでも使おうとしてくれたが、私がフランス語でわかることを英語で説明することが多く、使えなかった。なので、チップはあげなかった。

ちなみに、このチャリティーはマリー・ダボメーのための寄金なのだとか。
[PR]
# by smwhr4thtmbng | 2006-11-26 00:03 | Africa

Benin ヴードゥー

レゴスからベナンのコトヌーに抜ける国境は今までで最悪だった。ナイジェリアへ抜ける日本人旅人が何人も苦労している話を聞いていたが、誰も賄賂は払っていない。ただ、ナイジェリア側のイミグレは距離がそれほどないのにもかかわらず、誰が正規の係りなのかもわからない状況の中、正規の人まで賄賂要求をしてくる。タクシーは渋滞なみに動く。ただこの進行方向はいい。なぜなら、日本大使館がナイジェリアにはある。私は逆でベナンに抜ける。
ナイジェリアの国境は話にならないほどタフで、10メートル、20メートルを進むのにひどく時間がかかる。私のタクシーは同行者が、さらに前の検問で1時間以上尋問を受けていたこともあり、相当なロスタイムを背負っていた。彼のECOWASのパスポート(水色)が他の人のものと若干違っていた。少し古くに作っていたとかいうのでつくりが違っていたようだ。彼だけ、国境にオカダ(バイクタクシー)で向かい待っていた。私はこの10メートルから20メートルではもめた。私は出国であるのにもかかわらず、イエローカードの提示を要求されたのだ。しかも、ものすごいパワーハラスメントをしてくるK-1ファイターといったようなバッジももっていないおっさん。はじめは聞くだけ聞いていた。ムカムカしてきた。キレた。
「必要な予防接種に関してはこちらも調査をWebから得ている。日本大使館に電話をして必要か否かの確認を取ってみてください。」
「とにかくあなたが取り上げたイエローカードを私に返してください。」
丁寧な応答が途中で崩れて、上記の発言をかなり詰め寄って強く言ってしまった。最後に、
「あなたの名前はなんですか?きちんと日本の大使館に報告します。」
といったら、K-1ファイターのおっさんが逆ギレした。
「おまえは、きちがいか?」
イエローカードはその後とり戻したが、少し破れた。我ながら怖いことをしたものだ。少しランゲルハンス島が活性化してしまった。
そこからも休憩はなかった。数箇所あるナイジェリア側のイミグレは片っ端からすべて賄賂要求をしてきた。私のヴィザが発給の日から1ヶ月を過ぎていることをしてくる人もいた。有効期限は1ヶ月でも、これは、入国までに1ヶ月であり、ヴィザには入国時にプレゼンした日数ということになっている。当然もめた。
「あなたは、英語が理解できますか?読めれば、この意味はわかりますよね。」
下っ端は上司に確認する。私もついていく。上司が渋ると、私は繰り返す。その記載の部分を指差して、そして読み返す。
スタンプ。ぽん。
イエローカードやら荷物検査やら、くだらない賄賂要求をかいくぐり、いきついた最後のは楽に、「名前は?日本の大使館に国境の業務をしっかり報告しておくよ。」
で抜けた。

しかし!!!!!
この後が悪夢だった。なんといっても、ベナンの国境。英語が余裕で通じる。しかし、賄賂なしが通じない。金を持っていることがわかっているから、絶対に折れない。しかも、この先の検問にはスタンプ確認もある。
「5000CFA!」
わけわからない。10ドルをよこせという。こちらはヴィザを持っているのに通れない。窓口に手を入れると定規で叩こうとしてくる。お互いがまるで中国人の厨房のようなわめきあいになる。2人いて一人でもまともかとおもいきや、両方ともだめ。
次々、賄賂を払うアフリカンに抜かれていく。カメルーン人がスタンプをもらいながら言った。
「国境は、マネーコレクトの場所だ!!」
泣いていた。大の大人で、アフリカ特有の無駄な筋肉をつけた、これまたファイターが足早に車に戻ろうとした。マネーコレクターたちは、いや国境の役人は急いでとびでてきて、引き止めぶちキレタ。カメルーン人が泣きながら、
「お金がない人らが、ヴィザも持っていてなんで余計なお金をとられなきゃいけないんだ。こっちは、ナイジェリアを越えてやっとここまできたのに・・・」うんぬんかんぬん。
そうだ、そうだもっといってやれ、と心の中でおもってはいたが、お金は戻るわけもなく、彼はベナン国内に向かった。次々くる人を味方にしようと、英語やらフランス語で近くの人に話しかけながら、ヴィザの説明をした。窓口にはナイラが散在していてあきらかな賄賂の金が見える。誰も反抗できない。私の場合は、ベナンに入国がはじめてだから、別料金が必要なのだとか言っていた。そんなことはないのも知っているため、説明をする。勝てるわけない。理屈などないのだから。そして、なんといっても、日本大使館がベナンにない。こんな国に支援などするべきではないと心の底から思った。
そして、私は1時間くらいたったころに、仕方なく、他の人のすすめに従い200ナイラをパスポートにはさんでスタンプをもらった。200円くらい。腹立ちは収まらなかった。荷物の載った車を同行のナイジェリア人ムスリムに教えてもらって向かった。「こんなもんだよ。世界が悪いんだよ。」。そんなもんかなのだろうか。
今度は両替で時間をとった。みな大金をもってナイラからCFAに両替をしていた。交渉でふたたび相当な時間を使った。ドライバーは私に愚痴っていた。なぜ私に。私が愚痴りたいくらいだった。
そうこうしてまで入ったベナン。観光はしました。
ウィダーに行きました。奴隷貿易の拠点であり、ヴードゥーの遺産の多く残る場所です。
a0040401_13144227.jpg

パイソン寺。蛇を首に巻きつけられます。私には無理な話です。
a0040401_13144929.jpg

郵便局の裏に実がなっていました。なんのだったのでしょう。
a0040401_1314571.jpg

目印の教会。
ここの町の奴隷の道を私はミニバンでとおりました。4キロかそれ以上の道を白人の人たちが歩いていました。団体だったようです。私はどんなものかとかはわかりませんが、気楽な気分でやれるならいいですが、暑いのにするのはアホらしいのでやめました。歩いて彼ら(奴隷ら)の気持ちをわかちあうことをしようとしたのでしょうか。自分で精一杯の私はそういったヒューマニズムは興味本位でしかしないので日差しの強い中を半ズボンで半そでの行軍をしている彼らを見て、なんだかこの人たちは、日に焼ける度合いが黒人と白人とでは意味が違うことやらを考えていないのかな、だとかいう、冷めた目で見ていた。
アフリカ人が変わるためには、援助の仕方を考えることが必要だと私は思っている。無償でだとか、同情だとかばかり考えているのはどうかと思っている。彼らが歩きだせるようにすることは欧米人の仕事ではなく、彼らの問題であると思っている。この歩いている白人らはどういう立場なのかは、その服装なりの準備のなさ、先見のなさからもわかる。こういう人らが勘違いをするとおもっている。興味本位で歩く方がよっぽどいい。むしろ、私はその方が面白いとおもうし、歴史を感じるといった行為でおわれるから、よいのではないかと思う。感情移入もほどほどにしたいものだ。問題が根深いだけに、難しいと考えているから。
[PR]
# by smwhr4thtmbng | 2006-11-24 14:10 | Africa

ガーナ アルコールもの

ガーナもビールは多かった。
a0040401_12414280.jpg

うすい。
a0040401_1241496.jpg

これは結構アルコールがきつくておいしかった。
a0040401_12415792.jpg

ミルクスタウトってなんなんでしょう。一応黒ビール。
a0040401_1242645.jpg

これは良く飲んだ。くせがある。

ほかには、スターが多かった。ほとんど飲むことがなくなったビールだが。
[PR]
# by smwhr4thtmbng | 2006-11-23 12:49 | Africa

ベナン、トーゴ アルコールもの

あまり滞在長くなかったため、いろいろためせていない。
a0040401_12394656.jpg

あまり・・・だったため、フラグをその後頼んだ。
a0040401_12395276.jpg

これはなかなかうまかった。ドイツのビールらしい。さすが、旧旧宗主国。
[PR]
# by smwhr4thtmbng | 2006-11-23 12:48 | Africa

ナイジェリア アルコールもの

ナイジェリアはビールの種類が多い。
a0040401_12334225.jpg

No.1に売れているビール。味がNo.1でないことは言うまでもない。
a0040401_12335016.jpg

本当に安いビール。金額はチャンピオンかもしれんが、味はどうだか。
a0040401_1234337.jpg

騎士のマークつき。期待はしすぎない。
a0040401_12343094.jpg

ベニンシティでやっとみつけた。みつけたかいはなかった。
a0040401_1234405.jpg

黒ビール。ただそれだけ。
a0040401_1234478.jpg

パームワイン。これは甘くておいしかった。ただお子ちゃま用です。
[PR]
# by smwhr4thtmbng | 2006-11-23 12:43 | Africa