この数ヶ月、旅とは離れている。
旅をどうのこうの言うのは、どうかと思うことがあるのだが、私は若輩者だから許してもらいたい。 一応、私の思うところでは、旅と旅行は違う。 私のそれは、ずっと旅行だったのだけれども、気がつけば、どこかで旅にもなり、冒険にもなっていた。その段階で、もうそれは、私にとって人生の一部になっていたように思う。 だから、どこかで、もう普通の人生は歩めないような気がしていた。 今、私は普通の人生を歩んでいる。それは、ささやかな喜びや悲しみといった4つの感情がランダムに訪れるものという意味では旅をしていたときと、なんら変わりのないもの。でも、なにかが足りない。私はいつも何かをするときは、必死になって歯を食いしばって、そのときを乗り越えることを当たり前と思っていた。でも、なにかが足りない。 ずっと考えていた。 おそらく、私にとって海外に出るということは、常に持っていた目的を達成するためのものであった。今、この時とは異なるものだが、なにがしかの目的がなくなってしまっているのではないかと。 そして、考えてみる。 答えなどすぐにでてきなどしない。 出てくるとしたら、手前味噌のそれでしかない。 なんだか、体温があがってくることがここ数週間ある。 浮かびかけているあのこと。できるかどうかわからないが、私にとっての本当の幸せ。 遠く。 遥か彼方へ。 そう、旅ではない。旅行でもない。 でも、まさに、それは旅のようなもの。 面白くない日々があるのなら、面白くすればいい。 面白い日々があるなら、さらに面白くすればいい。 ただそれを実現するためには、いくつか自分の中で砕けていくなにかを、日々失わないようにすることが大切。 いつだって、子供のような目をもっていたいものだ。 ただ、こういう気持ちになれたこと、それは、私が恵まれた環境にいるからなのだ。 明日がやってくる方向が少しわかってきたように思う。 計画は少しずつはじめます。
いつだってそう。
この3年間どこかにいた。 どこがよかったのかな。 今となればどこもよかった。 そして、私は記憶を取り戻す。 よいものはよりよく。 悪いものはより悪く。 映像で思い出せるものはそのまま。 意外と情報は間違っていない。 ただ苦手なことはある。 人の顔。 名前で覚える私。 どうしても、顔はぼやけて記憶してしまう。 視力の悪い目でみた顔。 彼らの瞳に映る私も刹那なもの。 記憶はどこかに消えていくのだろう。 こんなことを考えるのは旅以来。 写真をアップしようと見たせいか。 パソコンの中だけのセンチメンタル・ジャーニー。 ![]() タイのバンコク。カオサンにある10バーツ(30円)で飲めるジュース屋。
私の母に電話がかかってきたそうです。去年のことです。
私が痴漢したとのこと。そして、勤めている会社に伝えれば、会社での立場も悪くなるでしょう。相手も示談でかまわないということを話しています。 母は、いつからその会社で働いているのか聞いたそうです。会社名があっていたからです。ただし、私は一年前に辞めていました。そして、私はそのころ海外にいました。 ついでにおまけですが、私は会社時代は通勤は歩きで、会社へは歩いて通っていました。会社の名前は誰が伝えたのでしょう。個人情報だというのに。 他には、私が交通事故を起こしたというもの。海外にいる私が日本にいることになっていたこともすごいことですが、私は車も持っていない。 のんびり母と話をする機会が多い、今日このごろ、なかなか面白い話が出てきます。 父も受けたことがあったのだとか。 相手:「○○だけど。」 父:「どこの?」 がシャンときられたそうです。 父は、その後、どうしてきられたのかよくわからなかったのだとか。 そして、帰国後、私も私自身からの電話を受けました。 これは先に書いたのでいいでしょう。 変なものです。ただ、大学、会社ともに、誰かが私の住所を売ったことは間違いないです。なにしろ、住所録に載せていないのにかかってくるのですから。 ちなみに、オレオレなどと私は言いませんので、その時点でばれます。 まだ似たような犯罪があるようです。日本も物騒なものです。 ブログはちまちまとやっていきます。
あけましておめでとうございます。
メイン『とりあえずどこかに』のブログを休止いたしました。 こちらもサブ『とりあえずどこかに - smwhr4thtmbng』とはいえ、mixi同様、休止にいたします。 これからはしばらくの間、別の本当の日記帳だけにします。 長いお休みです。 今までありがとうございました。 また会う日まで。
Carpe Diem(今日をつかめ→今日を楽しめ)という言葉。
14、15、16世紀、ヨーロッパがペストの流行などから混沌としていて、それでいて文化が再誕生(ルネサンス)、正確にはイスラムの文化を受け入れることにより宗教的フィールドを科学的フィールドが覆いかぶさりはじめたころ、ヨーロッパ世界はまだラテン語が勉強の基本の言語でした。現代の英語のようなものです。ドイツではパラケルススといった医学者がラテン語を使わない授業を行ったり、マニエリスムが誕生したこと、宗教革命が起きたのもローマが築き上げていたバベルの塔の崩壊が迫り、新たなる時代が迫っていたからともいえるのでしょう。 そんななか、16、17世紀でもエドマンド・スペンサーやロバート・ヘリックのような今日を楽しめいったCarpe Diemの考え方は、小野小町の一句を髣髴させる美しいものです。2006年、私は2004年から続けたこの身勝手極まりない生活の原点にあったものが、今を大切にするというものでした。 『昨日、明日より今日という日が一番よき日であるように。』 未来のことなどわかりません。過去のことはよければ、さらによくし、悪ければよくする。ただそれだけのことなのです。 いらないものもたくさん持っています。でも、その一つ一つは大切にしていきたいものです。それが、今日という日を形作った要素でもあるのですから。 2006年、リセットする気などありません。ただ新しいことをするための基盤を毎日、しっかりとこなしていきたいと考えています。 2007年、みなさんにとってよい年となりますように。 ![]() 写真:ギニア・コナクリにて
先日、1年以上ぶりに友人からメールがきました。
前に失礼なことをしてしまったこともあり、その後、数度のメールのやり取りの後、完全に音沙汰がなくなっていました。 「今度遊びにおいで」 短い文章でしたが、うれしいことでした。 このところ精神的に参っていたこともあり、お酒を飲む機会にはいつもより飲みすぎてしまう傾向にありました。電車ではっと起きると目的地ということが多々ありました。 どうやら早いところ就職でも決めて、みなに報告をしなければならないようです。 パーティだとかは苦手ですが、気の合う友人らと少し浮かれたいと思っています。 それでは、よいお年を。 下の写真は私が一番好きな場所のひとつです。 ![]()
帰国して早3ヶ月。財布の中身は減る一方で、体重は増える一方です。
この3ヶ月、古くからの友人、研究室の友人、前の職場の友人・諸先輩方、旅で知り合った友人との再会がありました。多いのは、やはり旅の間で会った方。私もバックパッカーであるという風に言われます。実は、もう気にしないようにしているのですが、私はバックパックを背負ってもバックパッカーの意識はないのです。正確にいうと、バックパッカーと言われるのがあまりうれしくないのです。もちろん、安いドミトリーの宿に泊まってもバックパッカーの意識はないのです。たくさんの旅人に会いました。もちろんその中にはバックパッカーは多くいます。みなとやっていることは同じようなものです。ただ、言葉のニュアンスの問題なように思います。私が受け付けたくない部分がこのバックパッカーという言葉の一般的な、あるいは、正確に言うと主観的な意味に内包されているのが原因だと思っています。 こんなことを言っているうちはまだ毒が抜けきらないように思います。今年中になんとかしなければ。
トーゴのロメでCFAはかなり余っていたこともありレストランに行くことにしました。
めぼしいのは3軒。決定したお店にはナイジェリアからの女性が仕事をしていた。 おかげで英語で話をすることができたわけですが、この給仕さんがはにかみ屋さんでなかなか好感をもてました。 写真はこのレストランの中にあった像。昔はこんな格好だったんだ、ではなくて、子供の服装をみると未だにこの格好をみたりするのです。 ![]() 食べたのはこのブタ肉。ハムとチーズが挟まっていました。うまかったが量が少なくて、違うところでさらに食べた。10ドルくらいだったかな。 ![]()
いよいよ私も西アフリカへの旅が再開する。
無理はしない。でも、すると思う。 では、ベルリンに到着したら、また書きます。
2005年3月23日の夜、私は旅の準備に取り掛かっていた。いつでるのか、それはある程度だが、決まっていた。ベルリンでは春の訪れを感じられるにはまだ早すぎるころであったが、私は、先日、友人から言われたように、ロジック先行、計画魔的性癖があるが故の、出発2ヶ月前の夜に、以下のようなことを考えていた。当初の予定とは異なり、現在、日本にはいるのだが、あと最後の西アフリカへの旅を前に、そして、この旅が最後であることを思い、自分自身への確認としてペーストしてみた。
---------------------------------------------------------------------------------------------- 多くのことがそうであるように、物事の先にはいつも決まりが存在しているのかもしれない。それがすなわち結果なのだろう。ただ、その結果というのはたいていが想定したものに行き着くものという建前のもとに成り立っていると感じてしまうのは、私の人生経験が足りないことから起きるものなのかは、未だにわかっていない。 私が、ここにやってきてから、どれぐらいの時が経っているのだろうか。そして、ここで、私は今までに思ってもみなかった、ひとつの不安の前に座している。それは、まったく想像できない未来である。今までのぼんやりとした曖昧な未来に対しての不安とはまるで違うものだ。想像できないことは恐怖なのか、それとも興奮を呼び起こすものなのか、少なくとも現在の私にとって前者の色合いが濃い。今まで、多くの経験は、私に不安を取り除いてきてくれていた。しかし、私にとって旅というものは、言語、習慣、宗教、政治、歴史が大きく異なる場所への扉を開くという行為であったとしても、ある程度の覚悟と理解のできる範疇に存在していた感がある。今回のそれは、少なくとも現状において私としては理解を超えている。カオス、いわゆる混沌という言葉の中にある本能のアフリカと情熱の南米は私にはもっていなかった要素がある。それが私に与えてくれるものを期待しつつも、恐れが存在するのだ。ただし、その後の自分自身に起きる変化にも今から恐れがある。というのは、今まで私が得てきた経験は私を大人にはしたが、逆に夢想家としての私を引き出し、結局今も旅を続けることでしか自分を保つことができない人間にしてしまっているのだから。また、物事を悟ってしまったような人間になってしまうのが怖い。社会と現実の狭間に生きるということは、そこに義務とエゴが存在しなければならないが、私がこの旅を終えたとき、私は物事に関して、割り切るという行為を多々することになることが、想像できる。悲しいことだが、私にとってはどうでもよいという線引きをどこかで、今まで以上にしてしまうように思えてならない。 ---------------------------------------------------------------------------------------------- 今、私は、悩みの中にいる。でも、いくつか必要なことができた。もう少しやらねばならないこと。どうしても得たいもの。そして、気がつかずに得ていた多くのこと。それらが私を一歩一歩と前に進ませる原動力になっている。2年間の旅は本来、もう終わっている。これからしばらくの間はボーナスステージ。厳しいことつらいことは嫌いだが、それらにもまして、私のことを待っている得難い経験が私を駆り立てる。30歳になってから始まる旅。私は、もうそろそろ大人になれるような気がしている。 ![]() ナミブ砂漠(ナミビア) < 前のページ次のページ >
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